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不定詞の副詞的用法で使うonlyについて [英語学]

【2013年08月04日】-ところで不定詞の用法には3通りあって、名詞的用法、形容詞的用法、副詞的用法がある。名詞的用法と形容詞的用法は比較的簡単だが、副詞的用法は下位区分が色々あって難しい。

 副詞的用法には結果を表す用法がある。次のような文だ。

 He lived to be 90.(彼は90 歳まで生きた。)
 He grew up to be a musician.(彼は成長して音楽家になった。)

 結果用法と言うが、後半はandで書き替えても意味が変わらないこともある。

 He grew up and became a musician.(彼は成長して音楽家になった。)

・only
 to不定詞の結果用法では、to不定詞の前にonlyを置くことがある。殆どの辞書や受験参考書はこれを「~しただけだ」と訳すが、おかしいと思う。この場合onlyに限定の意味はないはずだ。「~しただけだ」は訳語としてもおかしい。

 プログレッシブ英和辞典は3番目の語義として「((to不定詞を伴って))ただ…する結果となって」と書いている。

 例文とその訳は次のようなもので、「ただ」は入っていないが、「スキーに行って、ただ捻挫した」と考えているようで不当だ。

  He went to skiing only to sprain his ankle.(足首をねんざしにスキーに行ったようなものだ. )(went to skiingもおかしい。toは要らない。)

 リーダーズ英和辞典には次の例文と訳が載っている。

 He went to the seaside only to be drowned. (海水浴におぼれに行ったようなものだ)

 これも「ただ溺れる結果になった」と考えている節がある。

・まとめ
 英文を読んでいてonly to~は時々出てくるが、限定の意味合いを感じることはめったにない。onlyは、不定詞が結果用法だと示しているか、残念という気持ちを表しているか、どちらかだと思う。

 有名なLongman Dictionary of Contemporary Englshをサイトで引いたら、only toを熟語として扱い、次の定義と例文を載せていた。

only to, used to say that someone did something, with a
disappointing or surprising result:

I arrived only to find that the others had already left.

(誰かが何かをして、それが残念だったり驚くような結果で終わったことを示す。

「着いたら、他の人達は既に立ち去ったことを知った」→「着いたら、他の人達は立ち去っていた」)

 定義に限定を表す言葉はないし、例文にも限定の意味合いはない。それに熟語として載せているのだから、この辞書の編者は限定を表すとは思っていないはずだ。

 結果用法の不定詞の前に現れるonlyに、限定の意味はないと思う。英和辞典も文法書もおかしい。日本人はまだ英文解釈がちゃんとできないのだ。

・参考文献
 清水周裕『現代英文法』(チャート研究所)

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bare infinitiveを「原形不定詞」と訳すのは間違いだ [英語学]

【2013年08月01日】-英語の動詞には不定詞という使い方がある。原形の前にtoを置いたものをそう言う。to不定詞と言うこともある。

 「不定」とは何かというと、動詞が時制や人称の変化をしていないということだ。be 動詞や一般動詞は、現在時制では次のように変化する。

 I  am   We  are
You are  You are
 He is   They are

I speak    We speak
You speak  You speak
He speaks  They speak

 動詞は助動詞(canなど)のあとなどで人称変化していない形になる。be動詞とspeakは助動詞のあとではbeとspeakになる。人称変化していないので、「元の形」という意味で原形と言う。形が定まっていないので、不定形とも言う。主語に合わせて変化した形は定形だ。

 be動詞では現在形と不定形は形態が全く違うが、一般動詞では三単現(主語が3人称単数で現在時制)の時だけ-sが付いて、他の人称では原形と同じ形だ。

 不定詞の「不定」は「原形」のことだから、「原形不定詞」という用語がおかしいことは明白だ。「不定不定詞」と言っているようなものだ。

 「原形不定詞」はbare infinitiveの訳語で、bareは元々「何も付いていない」という意味だが、この場合は「toの付いていない」ということだ。

 40年くらい前までは「toなし不定詞」と訳すことが多かったが、言いにくいからか「原形不定詞」が増えてきた。今ではこれが定着している。

 原形と不定形は同じことだから意味をなさない。日本の英語教師は英文法をちゃんと理解していないのだ。

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タグ:不定詞 原形
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police, machineは「ポリス」「マシン」でなく「ポリース」「マシーン」 [英語学]

【2013年02月16日】-前回は、「グアム」は英語では「グワーム」と言うと書いたが、他にも発音に気をつけるべき英単語がある。

 policeやmachine がそうだ。日本語では「ポリス」「マシン」と言うが、英語では「ポリース」「マシーン」と、最後の母音を伸ばす。

 どちらもフランス語から入ってきた語だ。フランス語では最後の音節に[i]があると伸ばすことが多いので、フランス語の発音のままなのだろう。

 「トーナメント」もtournamentと書いて、「ターナメント」と言うことが多いので、これもしっかり覚えないと聞き取れない。

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タグ:英語
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グアムはGuamと書いて、「グワーム」と言う [英語学]

【2013年02月14日】-日本語には当然、外国の地名が外来語として入っているが、それを英語で何というか、現地語で何というか、一つ一つ覚える必要がある。

 最近事件の起きた島は日本語ではグアムと言うが、英語ではGuamと書いて、「グワーム」と発音する。発音記号で書くと、[gwɑ:m]だ。

 外国の地名や人名は日本語に入っている音と違っても、細かいことだからとちゃんと覚えない人が多いが、それでは外国語はちゃんとできない。自分が話す時は何とか通じても、聞く時には理解できない。「グワーム」と覚えておかないと、こう言われても何のことか分からないはずだ。

 英語が苦手は人は大抵、単語をちゃんと覚えていない。発音も綴りもしっかり覚えるべきだ。

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タグ:グアム 発音
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英米の「ヘンリー」はフランスの「アンリ」 [英語学]

【2012年12月09日】-英米人の名には、ドイツ語やフランス語に対応しているものがかなりある。

 ヘンリー(Henry)がドイツのハインリッヒ(Heinrich)に対応するのは想像がつくが、フランスのアンリとも対応する。Henriと綴りを書けば一目瞭然だ。フランス語ではenやemは「アン」と読む。

 英語のジョン(John)がフランスに行くとジャン(Jean)になるのは分かりやすいが、ドイツのハンス(Hans)にも対応するのは意外だ。元の形はJohannesだ。英語などではaが落ちたが、ドイツ語ではJoなどが落ちた訳だ。

 Hansはまだいいが、ロシアに行くとイバーン(Ivan)となる。全く違う。日本でこの名は「イワン」として広まっている。hがvに変化したのだろう。

 英米のチャールズ(Charles)はフランスではシャルル(Charles)で、ドイツではカール(Karl)だ。

 このように欧米人の名は相互に対応しているから、別々に覚えるのは効率が悪いし、本当の理解につながらない。元の語が各語に入って変化して違う語形になったはずだから、対応するものとして覚えるべきだ。

 英米人がフランス史を書く時は、アンリ2世などをHenriでなくHenryと書くことが多いと思う。フランク王国の「カール大帝」(Karl)のことを英米では大抵Charlesと書く。対応を知っておく必要がある。

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タグ:名前 欧米人
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-aで終わる欧米人の名は殆ど女子 [英語学]

【2012年12月09日】-イギリスの看護婦さんが自殺したニュースを伝える時、日本テレビなどは字幕に「看護師」とだけ書いたので、男か女かはっきりしない。看護師は女が多いが、男もいるはずだ。

 だがJacintha Saldanha(ジャシンサ・サルダナ)という名を見れば、分かる。ヨーロッパ語では、-aで終わる人名は殆ど女性だからだ。Barbara, Emma, Jessica, Maria, Olivia, Susannaなど女子の名だ。ラテン語では-aで終わる普通名詞も女性だから、それを引きずっているのだろう。-aで終わるが、男子の名もある。

 MariaやMaryは「聖母マリア」に由来するから、ヘブライ語だ。ヘブライ語にも男性名詞と女性名詞の区別があり、女性名詞は-aで終わることが多い。

 苗字のサルダナはイギリス人の姓ではないだろう。

 病院の看護職員には男もいるので、12年くらい前日本の厚生労働省は「看護婦」を「看護師」と改称したが、「看護師」は気持ち悪い。マスコミは無責任なので。「女性看護師」とも言って、もっと奇妙だ。今回のニュースでも殆どのメディアがそう書いた。女性なら「看護婦」と言うべきだ。

 日本には「看護婦」という肩書きの病院職員は正式にはいなくなったが、役所に合わせて「看護師」と言わなくてもいい。刑事裁判では「被告人」と言うのに、勝手に「被告」と略すが、看護師」と言い続ける。また日本で正式名称が変わっても、外国にまで適用する必要はない。両方とも嫌がらせと考えると、納得が行く。

 少年法は、メディアが未成年容疑者の氏名や写真を報じることを禁じているが、日本のメディアは外国で未成年者が事件を起こした時も名や顔も出さない。その国で顔や名を報じていたら、日本で出さなくても何にもならないのに、しつこく隠す。杓子定規だ。

 マスコミの連中は、どういう神経をしているのか。

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言語学の学習歴 [英語学]

【2012年10月14日に掲載、16日に訂正】-最近、言語学の勉強会などで知り合った人達がいるが、私が英語学や言語学のどの分野を勉強してきたかあまり説明していない。その人達はこのブログを読んでいるに違いないなので、今日は言語学の学習歴について書く。

 中学の時から英語が好きだったが、英語の学問的な研究に初めて接したのは高校の時だ。学校の図書館にクセジュ文庫の『英語史』が置いてあって、面白いと思った。

 高2の秋、近くの本屋で『英語語原辞典』を買った。巻末には中島文雄先生が「語原学解説」を書いていて、印欧祖語を知った。東大の言語学科に行きたくなった。高3の時はOEDを見るために区立図書館に時々行った。「見るため」なのは理解できなかったので。

 立教の英文科に入り、第2外国語はフランス語にした。

 2年の時の「英語学概論」で中山先生が、ジェフリー・リーチのA Communicative Grammar of English を薦めてくれた。慶応の西山佑司先生が語用論を教えに来ていて、教科書はリーチのPrinciples of Pragmaticsだった。

 3・4年の時は村田勇三郎先生の機能文法のゼミに出た。イギリスのハリデーが始めた英文法だ。変形文法は2回だけ教えてくれた。

 4年の時は吉野利弘先生の英語史と、松井倫子先生のチョーサーの授業にも出た。慶応から来ていた唐須教光先生には、意味論を教わった。

 大学を出てからはNHKの語学講座を全言語聞いて、Old Englishやラテン語、古典ギリシャ語を独学した。このうちまだ文章が読めるのは英独仏だけだ。

 言語学を学ぶために英語音声学、一般音声学、英語史、変形文法、社会言語学などの英書を読んだ。(音声学が一番多くて、英語史は2番目。)ドイツ語史、フランス語史、ギリシャ語史も1冊ずつ読んだ。

 ここ10年くらいは政治思想の保守主義に重点を置いていて、言語学はあまりやっていない。
 

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リーチの講演がよくなかった理由 [英語学]

【2012年10月11日】-ジェフリー・リーチのような大学者がこのような中途半端な講演をするのは不思議だ。解せない。

 リーチは10日の講演の初めに、企画と司会をした立教の鳥飼慎一郎教授について「私の最後のPh.D学生」と言った。

 立教の英語教育研究所は11月も連続講演を予定しているが、これもコーパス言語学だ。

 鳥飼教授の経歴を調べたら、納得が行った。コーパス言語学をやっているのだ。

 自分の恩師を講演の1回目に呼び、2回目も自分の専門分野の講師を呼んだのだ。これではいい講演は企画できない。

 リーチの講演が中途半端になったのは、鳥飼氏が余計な注文をつけたからではないか。
 
・立教大学の英語教育研究所
http://www.rikkyo.ac.jp/research/laboratory/IELE/

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言語学者リーチの講演はまた中途半端 [英語学]

【2012年10月11日】-またジェフリー・リーチの講演について書く。

 9日は行けなかったが、英語のコーパスについて講演したようだ。Corpusとは英文を大量に収めたデータベースのことで、英語の研究に使う。アメリカやイギリスに幾つもあるが、どれも条件を指定して検索するようだ。リーチも関わったコーパスがあるらしい。

 昨日10日は行ったが、このコーパスを利用した英文法研究について話した。会場をホールから普通の教室に変えたので、話しは聞きやすくなった。内容も8日よりもよくなったが、また中途半端なだった。

 まず短縮形を取り上げた。短縮形とはdo notをdon'tと縮めた語形で、話し言葉の特徴だ。コーパスで調べると、60年くらい前から書き言葉で短縮形が増えたことが分かるそうだ。書き言葉が話し言葉に近づいている訳だ。

 またコーパスで調べるとmodal(法助動詞、willなど)の頻度が減って、semi-modal(準法助動詞、be going to~など)の使用が増えたことも分かるとリーチ教授は説明した。アメリカ人はgonnaとも言うので、これを「英語のアメリカ化」と名付けた。

 次にmustの頻度が落ちたことをグラフを使って説明したが、対応するhave to~の頻度でなくneed to ~の頻度が増えたことをグラフで示した。

 mustは「~しなければならない」の意味で、need toは「~する必要がある」の意だから、表現が軟らかくなると言う。教授はこれを「民主化」と名付けた。

 他に書き言葉で進行形などが増えたことも説明したが、例文に挙げたのは進行形の特殊な用法ばかりだったし、普通の言い方が減ったことは示さなかったので、中途半端な印象が残った。

 この講演を聞いて、コーパスを利用した英文法研究はどのようなものかはよく分かったが、終わりに取り上げた項目は説明が不充分だった。

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ジェフリー・リーチの講演の感想 [英語学]

【2012年10月09日】-昨日はジェフリー・リーチの講演に行った。感想を一言で言うと、あまり面白くなかった。

 演題は「近年の英文法研究における成果」だが、40年くらい前から出た体系的な英文書5冊を比較した。そのうち3冊にリーチ自身が関わったので、自分の経歴から話し始めた。

 文法書については色々考えてきたのに、あまり面白いと思わなかった。原因を考えたら、例文を挙げずに抽象的論評だから興味がわかなかったように思う。また早口でマイクの具合がよくなかったので、分かりにくかった。

 だが「口語と文語の違いは、表現の頻度の違いだ」「ハドルストンのThe Cambridge Grammar of the English Languageは他の4冊とは違って、言語一般の特性から始めて英文法を説明しようとしている」など重要な指摘をしていた。行った甲斐はあった。

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ジェフリー・リーチの連続講義は明日から [英語学]

【2012年10月07日】-イギリスの言語学者のGeoffrey Leechの連続講義は明日から、立教大学の池袋キャンパスで始まります。詳しいことは以前書きました。

http://m-atomi.blog.so-net.ne.jp/2012-09-06

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音声学会の発表は詰まらなかった [英語学]

【2012年09月30日】-今年の4月から日本音声学会に入会した。日本の学会に入るのは初めてだ。

 9月29日と30日全国大会を大東文化大学の板橋キャンパスで開いたので、29日だけ発表を聞きに行った。

 感想を一言で言うと詰まらなかった。英語の音声に関する発表を3本聞いたが、当たり前のことを実験で確認した発表が2本もあった。

 目白大学の広実義人先生は、英語を聞く時の早さに関して発表した。日本人が英語を聞くと大抵早いと感じるが、知らない単語が多いと余計にそう感じるかという内容だった。

 難しい単語が多いと早く感じると予測がつくが、大学生を被験者にした実験をしたところ、予想通りだった。

 2本目は、静岡文化芸術大学の杉浦香織先生ら10人が、英語の「流暢性」について発表した。日本人に絵を見せて、それを英語で説明させた場合、1回目より2回目の方がうまくなるか(流暢になるか)という実験をしたのだ。2回目の方がうまくなるに決まっているが、実験結果は実際そうなった。

 3本目は上智大学の渡丸嘉菜子さん(院生)が、schwaの音質(周波数)を測定した結果を発表した。シュワーは[ə]という発音記号で表す音で、sofaの末尾の音などだ。曖昧母音と言うくらいだから音質(周波数)に幅がある。その幅が単語内の位置(語頭か語中か語末か)によって、どう変わるか実験をした。([ə]はeを逆さにして作った記号だ。)

 英語に実際にある単語(aboutやlemon)をアメリカ人などに発音してもらって、その音質(周波数)を測定したのなら英語理解に資するが、架空の語を作って測定したので、中途半端な結果に終わった。

 質疑応答の時間では、大学のベテラン教師が内容や実験方法を問い質す質問が多かった。学会の研究発表は大学院生や若手の教師を教育する場なのなら、予測を確かめる発表でもまだいいが、これでは時間の無駄だ。

 広実先生は「被験者」を「ひけんじゃ」と言っていた。普通「ひけんしゃ」だ。

 受付で参加費を払ったら、なぜか大東文化大の学校案内をくれた。豪華さに驚きながらページをめくっていったら、文学部でも外国語学部でも生成文法を専攻する女の先生が出ていた。空疎な研究をしている暇はない。英和辞典も音声学書も不充分なのだから。

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ベルナーの法則を原典で読む [英語学]

【2012年09月23日】-印欧語の歴史言語学を勉強していると、「ベルナーの法則」というのが出てくる。ゲルマン語における音韻対応を示す法則だ。

 ベルナーがこの法則を発表した論文を読みたいと思っていたら、英語版のウィキペディアにリンクが載っていた。以下がそれだ。ベルナーはデンマーク人だが、ドイツ語で書いた。要点は日本語版のウィキペディアにも載っている。

・リンク
Eine Ausnahme der ersten Lautverschiebung(第1子音推移の例外)
http://www.archive.org/stream/zeitschriftfrve08unkngoog#page/n109/mode/1up

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%B4%E3%82%A7%E3%83%AB%E3%83%8A%E3%83%BC%E3%81%AE%E6%B3%95%E5%89%87

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言語学者のGeoffrey Leechが10月立教で講演! [英語学]

【2012年09月06日】-ジェフリー・リーチと言えば、20世紀のイギリスを代表する言語学者の一人だ。

 単著は10冊ほどあるが、一番大きな業績はQuirkら3人と共に著した、A Comprehensive Grammar of the English Language(1985)だろう。刊行以来、学問的英文法書の定番になっている。

 A Communicative Grammar of English を20年くらい愛用しているので、私にとっては恩師の一人だ。

 そのGeoffrey Leechが10月来日して、8日(月)から11日(木)まで立教大学で連続講演をするのだ。聴講すれば英文法の理解が深まるのは確実だ。英語学を志す人はぜひ参加していただきたい。

 この講演は研究社のWeb英語青年で知ったが、主催する立教の英語教育研究所はサイトにこれを載せていない。私が通っていた頃から寝ぼけた大学だったが、今だにそうだ。

 よそが載せた情報をそのまま載せるのは避けたいが、Web英語青年は見にくいので、今回は仕方なくそのまま載せる。

▲立教大学英語教育研究所主催Geoffrey Leech名誉教授連続公開講演会
日時: 2012年10月8日(月)~11日(木) いずれも午後3時~4時半 (受付: 午後2時45分より)。

場所: 立教大学 池袋キャンパス。
内容:講師: ジェフリー・リーチ(立教大学招聘研究員、ランカスター大学名誉教授)。

講演:
[10月8日(月)] (太刀川記念館3階多目的ホール)
「近年の英文法研究における成果」

[10月9日(火)] (11号館A301教室)
「British National Corpus の成功と課題」

[10月10日(水)] (11号館A301教室)
「近年における英語の動詞句の変化」

[10月11日(木)] (11号館A301教室)
「英語という言語の過去、現在、未来」

参加費: 無料。予約不要。

問合先: 立教大学異文化コミュニケーション学部異文化コミュニケーション研究科教授 英語研究所所員 鳥飼慎一郎 Ph.D. (Eメール:toriアットrikkyo.ac.jp)。 *Eメールの「アット」を「@」に変更してください。

・リンク
http://www.rikkyo.ac.jp/research/laboratory/IELE/

http://www.kenkyusha.co.jp/modules/03_webeigo/

http://www.ling.lancs.ac.uk/profiles/296/

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大学受験講座に出ていた御園和夫先生 [英語学]

【2012年09月01日】-日本英語音声学会のサイトを見ていたら、御園和夫とあったので、懐かしくなった。数十年前、旺文社の大学受験講座で英語を教わったからだ。音声学をやっていたとは知らなかった。受験講座では英文解釈を教えていた。

 日本音声学会のサイトには御園生保子とあったので、おやっと思った。もしかしたら御園先生の奥さんではないかと思ったのだ。グーグルで調べたが、夫婦かどうか分からない。

 夫婦で近い分野を専攻することはある。ロシア文学の沼野充義(東大教授)と沼野恭子(東京外大教授)は夫婦だ。ロシア語学の黒田龍之助の妻は大学などで教えていないが、東欧語を専攻しているようだ。

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had better(~した方がよい)の由来 [英語学]

【2012年08月14日】-前回はCurmeの説明を鵜呑みにして「had betterにおいてhadは元来『見なす』という意味らしい。」と書いたが、OEDには別のことが書いてあることを思い出した。(OEDは20巻くらいの英々辞典。)

 元々It were better me to goなどと言っていた。ここでmeは与格で「私にとって」の意味だ。現代英語ならfor me と言うところだ。wereは接続法過去で、今ではwould beと言うところ。以前は婉曲の用法でもwereを使った。全体を訳すと「私にとって行く方がいいだろう」の意味だ。

 このmeなどが主体(行為者)と感じられるようになって、Iに置き換わって文頭に出た。またhad ratherの影響でwereがhadに置き換わった。その結果今のI had better などができ上がったという。

 主語が一人称の場合にはhadを「見なす」と考えても成り立つが、主語が二人称や三人称の場合は成り立たない。カームよりOEDの説明の方が妥当だ。

・参考資料
http://www.englishpage.net/showthread.php?4845-What-is-the-origin-of-phrase-had-better 

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タグ:由来 had better
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オースティンの『高慢と偏見』にhad much better~とあった [英語学]

【2012年08月12日、14日に訂正】-数日前から、Jane Austenの書いたPride and Prejudiceを読んでいる。日本では『高慢と偏見』と訳しているが、恋愛小説だからこの題が与えるイメージとはかなり違う。楽しい内容だ。オースティンが1813年に発表した作品だ。

 第3章にYou had much better dance.と出て来たので、驚いた。パーティーの場面で資産家のビングリー(男)が、友達のダーシー(男)に向かって「立っていないで、ぜひ踊りなよ」と勧めた時の台詞だ。

 20世紀の英語ではhad better は「~してもよい」という熟語に成り切っているので、間にmuchを挟むことはない。だがここではmuchがbetterを修飾している。

 7章にはI had much rather go in the coach.ともある。「ぜひ馬車で行きたい」という意味だ。「~したい」はwould ratherの方が多いが、had ratherとも言う。

 rather(むしろ)を比較級と思っている人は少ないが、元々rathe という副詞の比較級だ。比較級だからmuchが修飾している。

 had betterでもhad ratherでもhadは接続法の過去だ。直説法の過去と同形だが、10世紀頃までは語形が違った。

 subjunctive moodは「仮定法」と訳すことが多いが、この法は仮定ばかり表す訳ではないし、subjunctiveは「接続詞のあとで使う」の意だから「接続法」と訳した方がいい。独文法でもラテン文法でも「接続法」と言う。「仮定法」と訳すと、婉曲を表す場合でも仮定に結び付けてしまうので、その点でもよくない。

 またhad betterにおいてhadは元来「見なす」という意味らしい。たとえばI had better go.なら「私は行くことをbetterと見なす」という意味だ。

 Curmeの文法書(1931)を見たら「had best, had as good とも言う」と書いてあった。had bestは今でも時々見る。had as good~は「~は同じくらいいいと思う」ということだ。

 Pride and Prejudiceは19世紀初めの小説だが、historical syntax(歴史的統語論)に面白い材料を提供してくれる。

・参考資料
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%AB%98%E6%85%A2%E3%81%A8%E5%81%8F%E8%A6%8B

Curme, George.(1931)A Grammar of the English Language Volume2 Syntax
 

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英語ができない英語学者 [英語学]

【2012年08月09日】-産経新聞社は『月刊正論』を出している。保守派の論文ばかり載せる雑誌だ。一応、保守論壇の一翼を担っている。

 この雑誌は1年半くらい前「永田町ぜみなーる」という連載を始めた。これを英訳して添えたが、それが間違っているのだ。Domestic Political Reportと書いた。

 この英単語の羅列は「国内的な政治的な報道」は表すが、「国内政治の報道」は表さない。英語の形容詞が次の形容詞を修飾して、全体で次の名詞を修飾することはないからだ。

 産経新聞にも和製英語は作らないよう何度も申し入れたが、こんな異常な和製英語を作った。二言目には「愛国心」と言う連中だがが、この程度だ。本当に日本をよくする気はないのだ。そんな会社に入ったから、周りに釣られて言っているだけだろう。東大や早稲田を出たのに、英語理解がこの程度というのも深刻だ。

・英語学者も
 数ヶ月前英語学の学会をインターネットで調べていたら、もっと驚いた。日本英語学会が英語の名称で同じ間違いをしていたからだ。The English Linguistic Society of Japan と訳した。これでもEnglish がLinguisticを修飾して、両語全体がSocietyを修飾している。

 暗澹たる気持ちになった。英語学をやっている者が英文法の基本を身につけていない。「日本は馬鹿国家ではないか」と絶望的な気持ちになった。

 「きっと戦前からある学会だから、市河三喜や中島文雄のような泰斗(たいと)もこの程度だったのか。中島先生は間違いだと知っていたが、直せなかったのか。」とも考えた。

・安井稔
 だが今日この学会のサイトをよく見たら、設立は1983年で初代会長は安井稔とあったので、ショックが和らいだ。安井先生が中心になって作った学会なのだろう。安井先生も大御所だが、尊敬している訳ではないのであまり気にならない。

 この会のサイトは分かりにくい。グーグルで検索すると初めに
http://wwwsoc.nii.ac.jp/elsj/
が出て来るが、このリンクをクリックすると文字などは現れない。真っ白いページが開くだけだ。

 グーグルの2番目には
http://elsj.kaitakusha.co.jp/01.html
が出る。これをクリックすると、ちゃんとした内容が現れる。引っ越したが、前のドメインを消していないのだろう。

 1番目のリンクでは間違った英語がブラウザーのタイトルにも現れる。だが、2番目では英語の名称はタイトルに出ないし、探さないと見つからない。トップ・ページには1回だけ出てくる。

 間違いだと気づいたので、なるべく出さないようにしているのだと思う。どうせなら英語の名称は変えればいいが、そこまで決断できないのだろうか。

 会報を発行しているが、『え~ごがく』という題なので、これにも驚いた。学会は変わったオジさんやオバさんでやっているのか。
 

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疑問副詞はどっちの動詞を修飾するか [英語学]

【2012年07月14日】-生成文法の問題点ばかりあげつらっていると不公平だし発展性がないので、今回はいいところを挙げることにする。

 ShlonskyとSoareは2011年に、Remarks and Replies, Where’s ‘Why’?という論文を書いた。「見解と返答-Why はどこにあるか」といった意味だ。生成文法に基づいて、whyについて考察している。

 イタリア語やルーマニア語も出て来て難解だが、whyを複文で使うと二通りの解釈ができると述べている点はすぐに理解できる。

 Why did you say that John left?

 例えばこの文は次の二通りの解釈が成り立つ。
1.「あなたはなぜ、ジョンが立ち去ったと言ったのですか」
2.「あなたは、ジョンがなぜ立ち去ったと、言ったのですか」

 1の解釈では「あなたがそう言った理由」を訊いているが、2の解釈では「ジョンが立ち去った理由」を訊いている訳だ。

 英文解釈について散々考えたが、このようなことには気がついたことがなかった。生成文法の論文は、ある言語現象(表現)がどうして生まれたのか、専門用語を使ってくどくどと論じることが多いが、このように解釈を教えてくれることもある。

 Elizabeth Cowperが1992年に書いたA Concise Introduction to Syntactic Theory: The Government-Binding Approachを読んでいたら、182ページに似たような例文が出て来た。

 When did he say he would arrive?

1.「彼は到着すると、いつ言ったのですか」
2.「彼はいつ到着すると、言ったのですか」

 1ではwhenがsayを修飾していると取り、2ではarriveを修飾していると解釈している。

 生成文法ではこのような構文を考える場合、「疑問副詞がどの動詞を修飾するか」という考え方はしない。かみ砕いて言うと、「元々どっちの動詞の隣にあって、文頭に移動したのか」と考える。

 正確ではあるが、厄介だ。

・リンク
http://www.mitpressjournals.org/doi/pdf/10.1162/LING_a_00064

http://www.amazon.com/Concise-Introduction-Syntactic-Theory-Government-Binding/dp/0226116468/ref=sr_1_1?s=books&ie=UTF8&qid=1342358512&sr=1-1#_

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英文法の研究は日々進んでいる [英語学]

【2012年07月10日】-5月4日付のエントリーで「言語学や英語学を知っている人は少ない」と書いたが、「英文法を研究している」と言っても理解してもらえない。

 一般の人は英文法の研究が進んでいるとは思っていないようだ。英文法というと、中学や高校の時に学んだ規則や文型を思う浮かべ、そのようなもの研究が済んでいると思っているようだ。

 それはとんでもない誤解だ。英文法の研究は進んでいる。

 こう書くと哲学や思想をやっている人は、「チョムスキーの始めた変形生成文法を指しているのだろう」と思うだろうが、生成文法ばかりが進んでいるのではない。他の分野でも進んでいる。

・学問的英文法
 生成文法は学校で習う英文法とはかなり違う。英文を解釈するための知識ではなく、文構造を合理的に説明するための理論だ。言語現象の説明と文法理論の構築を目指していると言える。

 だが文法研究には理論とは関係なく、言語現象そのものを研究する分野もある。これはチョムスキーが出る前からずっと続いている。

 1890年頃から1930年頃までの間、イェスペルセンやカームといった学者が、英文法を学問的に研究した。これを伝統文法と言う。(ノース・ウエスタン大学にいたカームは、元々ドイツ文法を研究していた。)

 そのあとアメリカではブルームフィールドやグリーソンが構造言語学を始めた。この中からチョムスキーが出て来た。

 1970年頃から、生成文法を取り入れた文法書が出始めた。クワーク(1985)やハドルストン(2002)の記述文法書は有名だ。

 このような文法書は固定観念に囚われていないので、面白い。一面的に決めつけることはない。一方、中高で教える文法は「学校文法」や「学習文法」と言って、杓子定規で詰まらない。

 文法理論にも生成文法の他に、ハリデーの機能文法や認知文法がある。

 英文法の研究は百花繚乱の様相を呈している。生成文法ばかりと思わないで欲しい。 

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日本語のできない英語学者たち(下) [英語学]

【2012年07月10日】-生成文法をやっている人達は、もっと基本的な文でも助詞の使い方がおかしい。「私は~だ」が自然な言い方なのに、「私が~だ」という例文を多用するのだ。

 前回引用した斎藤(2006)でも「花子が太郎に自分の本を送った」(12)のような例文がずらっと並んでいる。普通は「花子は」と言う。「花子が」と「が」を使うのは、行為者を強調したい時だ。

 「このような論文では『が』と言うものなのか」と思っていたら、(20)では急に「その医者は太郎を自分の家で死なせた」になっていたので、驚いた。(23)でも「太郎は」だ。議論の上で「は」にする必要はない。だが(24)ではまた「花子が」と「が」に戻り、しばらく「が」が続く。

 ここまでは使い分けていないが、(39)から(42)では「は」と「が」の使い分けを説明している。信じられない。言葉遣いに鈍感なのだろう。

 日本語では語順を入れ替えても基本的な意味(認知的意味)(概念的意味)は変わらないが、この論文はその仕組みを考察している。高度な内容だ。基本がいい加減なのに、高度なことを論じるのは奇妙だ。

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日本語のできない英語学者たち(中) [英語学]

【2012年07月07日に掲載、08に訂正】-「太郎は英語ができる」「次郎はフランス語がうまい」のような言い方は言語学ではちょっと有名だ。三上章が数十年前「象は鼻が長い」を例にして、「日本語に独特の構文だ」と主張したからだ。

 だから高野氏も「~は~が分かる」という構文は知っているはずだが、「太郎にラテン語が分かる」と書いた。

 「~に~が分かる」と言うことはあるが、「太郎がラテン語が分かる」とは決して言わない。非文だ。だが高野はそのような例文も載せている。

 243ページの脚注で、斎藤衛(1982)の挙げた例文を引用している。「夏がビールがうまい」は非文だ。「夏はビールがうまい」とは言うが、「夏がビールが~」とは決して言わない。「が」も「は」も主語を表す助詞だが、同じように使える訳ではない。

・「ガガ構文」まで
 日系人のReiko Vermeulenは2002年にGa ga constructions in Japaneseと題する論文を書いた。「日本語におけるガガ構文」という意味だ。

 例文を幾つも挙げている。「ウサギが耳が長い」はまだいいが、「あの事故がたくさんの日本人が死んだ」はとんでもない。幼稚園児でも言いそうもないことだ。「あの事故では~」と言うのだ。

 日本語に「~が~が~だ」という構文はないのに、勝手にあることにして分析らしきことをしている。恐ろしい。(Vermeulenはきっとオランダ人の苗字で、「ベルムーレン」と読むのだろう。)

・大御所も
 南山大学の斎藤衛(まもる)教授は、生成文法の分野では大御所なのだが、この程度だ。どうなっているのか。言葉遣いがおかしくて、しっかりした分析ができるのか。

 生成文法の論文は理屈っぽくて小難しい。わざと難しく書くこともある。この人達は難解な文章ばかり書いているうちに、言語感覚がおかしくなってしまったのだろう。

 自分の健康管理ができない医者のようだ。一部の生成文法の研究者は「医者の不養生」「論語読みの論語知らず」に陥っている。

・リンク
http://www.phon.ucl.ac.uk/publications/WPL/02papers/vermeulen.pdf

http://www.ic.nanzan-u.ac.jp/LINGUISTICS/staff/saito_mamoru/pdf/saito-2006-Optional_A_Scrambling.pdf

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日本語のできない英語学者たち(上) [英語学]

【2012年07月05日に掲載、08に訂正】-数年前、インターネットで検索していたら、日本人が国語について英語で論じている論文を何度も目にした。「国語学者がどうして英語で論文を書くのか」と思っていたが、最近謎が解けた。英語学者が国語について英語で論じることがあるのだ。

 生成文法では人類の全言語に共通する「普遍文法」を探し出そうとしているので、アメリカ人なども日本語を題材に取り上げる。

 英語を研究していても、日本人には英語の微妙なニュアンスは中々分からない。そこで日本語も分析することが多い。英文科で英語学を教えているのに、研究では日本語に重点を置く人もいる。英語で書けば外国人も読むので、英語で書くことが増えるのだろう。

・不自然
 日本の英語学者が国文法について論じてもいいが、所々奇妙なのだ。まず英語の構造をそのまま日本語に当てはめようとする。

 例えば金城学院大学の高野祐二教授は、Double complement unaccusatives in Japanese: puzzles and implications(2011)で次のような趣旨のことを書いている。

 「手紙がケンに届いた」では目的語に「に」がついている。一方「ケンにラテンが分かる」では主語に「に」がついていて、「与格主語」と言える。

 日本語ではどちらも「名詞」+「に」なのに、一方は「目的語」+「助詞」で、もう一方は与格主語だというのだ。

・印欧語における格
 格の捉え方もおかしい。インド・ヨーロッパ語族で格というのは名詞の語尾が変化することで、日本語のように名詞に助詞がつくことではない。例えばラテン語では名詞は次のように格変化をする。

主格 amicus(アミークス)(「友達は」)
属格 amici (アミーキー)(「友達の」)
与格 amico (アミーコー)(「友達に」)
対格 amicum(アミークム)(「友達を」)
奪格 amico (アミーコー)(「友達から」)

 amicという語があって、それに-usや-iがつくのではない。ラテン語にamicという語はない。格の定義を変えてもいいが、日本語を分析する時に格を持ち出すのはやめた方がいい。

・例文
 それに例文が不自然だ。「ケンにラテン語が分かる」と言えないことはないが、珍しい言い方だ。普通は「ケンはラテン語が分かる」と言うはずだ。

 「太郎には分からないがケンには分かる」という文脈では、「ケンにはラテン語が分かる」と、「には」と言うことがある。だが普通は「ケンに」とは言わない。

 「ケンに」が自然な時もある。そのあとに「みんな知っている」などが続く時だ。「ケンにラテン語が分かることはみんな知っている」なら自然だ。

 もし「ケンに」でなく「ケンはラテンが分かることはみんな知っている」と言うと、一つの文に「は」が2度出て来てしつこい感じがするし、意味が取りにくくなる。このような時には「ケンに」と言うと思う。

 それなのに高野教授は「ケンにラテン語が分かる」が自然な言い方として論を進めている。この人だけがこんなことを言うのならまだいいが、他の学者も同じようなことを書くようなのだ。
 

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印欧祖語には格が八つあった [英語学]

【2012年05月24日】-前回Old English では代名詞2語にだけ具格が残っていたと書いた。

 インド・ヨーロッパ語族に属する言語は印欧祖語から分かれたと考えられているが、印欧祖語には格が八つあった。主格、属格(ぞっかく)、与格、対格、奪格(だっかく)、具格(ぐかく)、所格(しょかく)、呼格(こかく)の八つだ。

 属格は所有格と同じだ、

 与格の基本用法は、「誰かに何かをあげる」と言う文の「誰かに」に当たる形だ。対格はその文の「何かを」が取る形だ。

 所格は場所を表す格だ。英語などでは「どこかで何かをした」と言う時、「どこ」の前に前置詞を置くが、リトアニア語などでは所格にする。

 呼格は「太郎!}や「花子!」と、人に呼びかける時に使う格だ。ラテン語や古典ギリシャ語にも、ある程度残っていた。

 印欧語には格が八つあったが、それが融合して減ってきた。現代英語では主格、所有格、目的格の三つに減ってしまった。ドイツ語では四つ、ロシア語では六つだ。

 八つの格が段々減ってきたというのは歴史言語学では常識なのだが、英語学者はサンスクリット語や印欧祖語を勉強しないのか、立教大学で英語史を教えていた教師は「どうしてtheやwhatにだけ具格があるのか分からない」と言っていた。

 幅広く勉強しないと、基本的なことも分かるようにならないものだ。

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ドイツ語でも「なぜ」は特別 [英語学]

【2012年05月22日】-英語のwhyには特別な用法があると書いたが、ドイツ語でも同じだ。ドイツ語で「なぜ」を表す語はwarum(バルム)と言うが、これもwhyのように名詞1語とだけ文を作れるようだ。『木村相良独和辞典』(1963年)には次の例文が載っている。

Warum nicht?(なぜそうでないのか。なぜいけないのか。)

 スペイン語でも同じように言えるそうだ。
Por que (con) Maria?(なぜマリアとなのか。)

 ドイツ語やスペイン語でも名詞1語とだけ文を作れるのだから、英語の中だけで考えても解決しない。

・語源
 英語とドイツ語では基本的な語は語形が似ていることが多いが、whyとwarumはかなり違う。

 whyはwhatの具格(instrumental)だ。具格は印欧祖語やサンスクリット語にあった格で、道具や理由を表した。リトアニア語にはまだ残っている。他の言語では他の格と融合して、なくなってしまった。ラテン語やギリシャ語にもない。

 Old Englishではtheにも具格が残っていて、それもまだある。The more, the merrier.(多ければ多いほど楽しい。)のように比較級の前に置くtheがそれだ、「その」という定冠詞の用法とは根本から異なる。

 ドイツ語のwarum はwas+um だ。wasは英語のwhatに相当する。他の語と融合する時はwar-と形を変える。

 umは「~のまわりに」や「~のため」という意味の前置詞だ。Old Englishにはymbという相当する前置詞があったが、前置詞としては消えてしまった。今ではember day(四季の斎日)としてだけ残っている。

 umはラテン語のambi-やギリシャ語のαμφι(amphi)とも関係があるようだ。

・参考資料
http://www.englishforums.com/English/LearnTypeQuestions/jrwvx/post.htm

http://babel.ucsc.edu/wccfl/abstracts/Papers/nakao-yoshida-ortega-santos-bunka.pdf

http://www.ling.uni-potsdam.de/~glow/col/yoshida-nakao-ortegasantos.pdf

http://ling.umd.edu/~lasnik/LING819%202011/Lasnik%20'Multiple%20Sluicing'.pdf

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タグ:why warum
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whyが他の疑問詞と違う点 [英語学]

【2012年05月20日】-whyの特殊性の話しを続ける。why は他の疑問詞と他の点でも異なる。それは名詞1語とだけ文を作れることだ。例えば(1a)に対する(1b)だ。

(1a)John is studying Korean?(なぜ朝鮮語を勉強するのか)
(1b)Why Korean?(なぜ朝鮮語なんか?)

 だがJohnが聞き取れなくて、「誰が朝鮮語を勉強しているのか」と訊こうとして、(2)のように言うことはできない。

(2)*Who Korean?

 またWhyは他の疑問詞と違って次のように主語を略して、動詞の不定形を直後に従うこともできる。

(3)Why study Korean?

・要素と節
 Why には不思議な特性がある。なぜ違うのか。

 他の疑問詞と異なる点は、まずwhat(何)やwho(誰)は文の主語や目的語など文の主要素を訊く点だ。whyは理由を尋ねるので、主要素ではない。動詞との結びつきが低い訳だ。

 またwhen(いつ)やwhere(どこで)は時間や場所を尋ねるから主要素ではないが、答えではat six o'clockやin the room などと前置詞句で答える。

 理由を答えるのにbecause of ~と前置詞句で答えることもあるはずだが、少ない。英語で理由を答えるにはBecauseを使うのが一番多い。

(4)Because he travels in South Korea next month.(来月、韓国に行くからだ。)

 (4)のように答えることが多いし自然だ。理由を言うのに節を使うということは、それだけ他の部分から独立していることになる。

 whyは他の部分や主節から独立しているので、名詞1語や動詞の不定形と使えるのではないかと思う。

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英語ではなぜ*why to do と言えないのか [英語学]

【2012年05月17日】-英語にはwhat to do(何をすべきか)のような言い方がある。疑問詞のあとにto不定詞を置いて、やるべきことを示す言い方だ。

 what 以外の疑問詞も大抵この構文が取れる。whom to meet, when to start, where to go, how to do などと言える、

 だが、*why to do とは言えない。あとにto不定詞を置くことはできないのだ。(*は間違っていることを示す。)これは英文法研究では謎だ。

 なぜ*why to do と言えないのか考えるために、what to~を書きかえてみる。

(1) He didn't know what to do.

(2) He didn't know what he should do,

 (1)と(2)は殆ど同じ意味だ。what 以外の疑問詞でも、このように言い替えられる。

 一方whyでは(3)は言えるが、(4)は駄目だ。

(3) He didn't know why he should study.
(4) *He didn't know why to study.

 他の疑問詞と同じように、to不定詞を従えてもよさそうだが、言わない。私などでも不自然な感じがする。

・和訳の違い
 和訳してみると、what などとwhy の違いが分かる。(1)も(2)も普通「彼は何をすべきか分からなかった」と訳すが、「何をしたらいいのか分からなかった」とも訳せる。

 (3)も当然「彼はなぜ勉強すべきか分からなかった」と「べき」を使って訳せるが、「いいのか」を使って*「なぜ勉強したらいいのか分からなかった」と訳すと日本語として不自然だ。「なぜ勉強した方がいいのか」と「した方がいい」を使って訳すことはできる。

 だがwhy以外の疑問詞を「した方がいい」を使って*「何をした方がいいか」と訳すと不自然だ。

 why とそれ以外の疑問詞には意味の違いがあるから、使い方に差が出るのかも知れない。他にもwhy は他の疑問詞と違う点がある。

 他の英語に置き換えても違いは出ないが、和訳すると違いが分かる。
 

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タグ:why 疑問詞
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(改題)Zをアメリカで「ズィー」と読む理由 [英語学]

【2012年05月12日】-中学1年生が英語を学び始めると、まずアルファベットの読み方を習う。

 そこで戸惑う文字が二つある。Vを「ブイ」でなく「ヴィー」と読み、Zを「ゼット」でなく「ズィー」と読むと習って、戸惑う。

 Vは発音の違いで「ブイ」と「ヴィー」は似ているからまだいいが、Zを「ズィー」と読むのには大きな抵抗を感じるものだ。だがよく考えるとこれは自然だ。

 まずZはイギリスでは「ゼット」でなく「ゼッド」と言う。語末を濁音(有声音)で発音する。「ズィー」はアメリカの読み方なのだ。

 英語のアルファベットにはB「ビー」、C「スィー」のように後半を「イー」と読む字がある。D, G, P, T, V もそうだ。

 このような文字ではその字が表す音、Bなら「ブ」のあとに「イー」をつけている。Zを「ズィー」と読むのも同じだ。

 特別な読み方をするのは「ゼッド」の方で、「ズィー」はCやD と同じ読み方だ。「ゼッド」は特殊なので、アメリカ人は段々「ズィー」と言うようになったのだろう。

 なお英語にはJ, K, Yのように、表す文字のあとに「エイ」と言う文字がある。また、F, L, N, M, S, X のように表す音の前に「エ」という文字もある。

 子音字は殆どが、この3タイプのどれかに属している。

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表層構造と深層構造の簡略な説明 [英語学]

【2012年05月10日】-今日は、表層構造と深層構造についてできる範囲で説明する。

 このように漢字を使って言うと難しそうに聞こえるが、元の英語の方が分かりやすいだろう。

 英語ではSurface Structure, Deep Structureと言う。「表面の構造」と「深い構造」ということだ。

 このような区別をするのは、同じ構文に見えても構造の違う文があるからだ。チョムスキーは次の2文を挙げて説明した。

(1) He is eager to please.(彼は人を喜ばせたがっている)

(2) He is easy to please. (彼は喜ばせ易い人間だ)

 3番目の単語が違うだけで、そっくりの文だ。だが意味や構文はかなり違う。(pleaseはここでは「喜ばせる」の意味。)

 (1)ではheは形式上主語だし、pleaseの意味上の主語でもある。だが(2)でheは形式上は主語だが、意味上は主語ではない。「彼が誰かを喜ばせる」のではなく、「誰かが彼を喜ばせる」からだ。It is easy to please him,と言っても同じことで、こっちが本来の言い方だろうし理解しやすい。

 次の(3)は二通りに解釈できる。

(3)Flying kites can be dangerous.

 flyingを動名詞と考えて、「凧を飛ばすことは危ないことがある」と解釈するのが一つ目。またflyingはkitesを修飾する現在分詞と考えて、「飛んでいる凧は危ないことがある」というのが二つ目の解釈だ。

 このように見たところ(表面)はそっくりだが、深いところ(深層)では違う文がある。チョムスキーはそれをはっきり認識し、表層構造と深層構造と名付けた。これが斬新だった。

 だが上に挙げた例文はちょっと不自然だ。たとえば(3)ではcanでなく、be動詞の定形を使えば、解釈は一通りしかできない。

(4a)Flying kites is dangerous.
(4b)Flying kites are dangerous.

 (4a)のようにisならflyingは動名詞だし、(4b)のようにareならflyingは現在分詞だ。

・参考資料
http://lsa.dialog.jp/qaboard/qab-show-answers.php?no=722

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変形生成文法の簡単な説明 [英語学]

【2012年05月08日】-生成文法は以前、変形生成文法と言った。「人間が発する文には基本的な形があって、必要に応じてそれを変形させ使う。また文法は無限の文を生み出す。」という観点から、このような名をつけたらしい。

 アメリカ人の言語学者のノーム・チョムスキーが1957年に提案した学説で、今では各国の文法家がこの枠組みで言語を研究している。(他の学派もある。)

 それまでにも文法に変形という概念はあったが、チョムスキーの捉え方は斬新だった。表層構造や深層構造という発想も素晴らしかった。

 チョムスキーは大体10年ごとに、変形文法の新しい理論を発表してきた。標準理論(1957年)、拡大標準理論(1965年)、修正拡大標準理論(1973年)、統率束縛理論(1981年)、ミニマリズム(1990年)と発展させてきた。

 修正拡大標準理論までは割と分かりやすいが、統率束縛(Government and Binding)理論以降は非常に専門的だ。

 変形文法は15年くらい前に一応勉強したが、そのあと中断していた。最近ようやくGB理論をやったら驚いた。用語が難解で、それを理解するのに一苦労するからだ。

 用語が難解なのは今までにない捉え方をしているからだが、余りに難しい用語もあるので、必要性を疑うこともある。

 英語ができる人なら誰にでも分かる文を厳密精密に分析するために、難解な用語を作り出している。

 今では初期の斬新さはない。変形という考え方は後退し、表層構造という概念もやめてしまった。余りに理屈っぽいので、入門書さえ所々論理学の本のようになっている。分かり始めると面白いが、それまでが大変だ。

 言語の体系的な説明や普遍文法の樹立を目指すより、斬新な分析を示すことの方が、人類の英語理解に役立つと思う。

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