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クリスマス・イブはデートの日ではない [他の評論]

 【2007年12月24日】今日はクリスマス・イブだ。12月25日がクリスマスで、24日はその前夜祭だ。クリスマスは英語で、Christmas と書く。分解すると Christ (キリスト)+mass(ミサ)で、キリストに関するミサのことだ。25日はイエス・キリストの誕生日なので、前夜にそれを祝うのが本来の意味だ。

 キリスト教がヨーロッパに入ってくる前から、古代ローマ人は25日にお祭りをしていたそうだ。既成宗教の信者も受け入れやすいように、キリスト教会は25日をイエスの誕生日と決めて、その日に降誕祭を行った。(ウェブ・サイト「クリスマスの起源と伝統」による)

 現在の欧米では24日、家族が家に集まって、救世主の誕生を祝うらしい。子供にとっては、サンタ・クロースがプレゼントを持ってきてくれる日でもある。

 日本ではパーティーやプレゼントの習慣は取り入れたが、多くの人はキリストの誕生日だと思っていない。パーティーだけならまだしも、20年くらい前から若者の間ではイブはデートの日になっている。

 どういう訳か恋人たちは、イブにはデートをするものだと思い込んでいて、会おうとする。相手がいない人は「独り者は寂しい」などと嘆く。クリスマス・パーティーから、デートの日に変質したのだろう。だが、預言者の誕生日を勝手にデートの日にしていいだろうか。キリストも信者も怒らないか。

 実際、私の友人のクリスチャンは「殆どの日本人は、クリスマスをキリスト様の誕生日とは思わず、遊んだり浮かれたりする日だと勘違いしている」と悲憤慷慨していた。日本にも数十万人はキリスト教徒がいるから、同じように怒っている信者は何万人もいるだろう。

 キリストの生誕を祝うためならパーティーなどを開いてもいいが、その気のない人はクリスマスに何かするのは止めるべきだ。宗教を冒涜していい訳はない。クリスマスをデートの日にして、預言者と信者を怒らせ、独り者を悲しませるのは、勝手すぎる。

 マスコミはこんな風潮を指摘して止めさせるべきなのに、そうするどころか、デートの話しを盛り上げて、助長している。「異文化理解が必要だ」と言うが、本当にそう思っているのか。学校で異文化を勉強しても、卒業してから世界宗教を冒涜したのでは何にもならない。

 一方、商店はクリスマスを歳末の大売り出しに利用していて、ツリーを飾ったり、店員にサンタ・クロースの格好をさせている。ツリーはきれいで楽しいが、多すぎるし資源を使う。生木には負担になる。原発に反対している人達も、イルミネーションを批判しない。マスコミも活動家も、真剣にやっているのか疑問だ。

 一般人は遊ぶことばかり考え、企業は金儲けにばかり走り、マスコミは建前ばかり言う。こんなことでいいのだろうか。


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